「What's wrong with right now if you don't think about it.」の最後がこの話だったと思いますが、それは、「くつろいで、ありのままでいなさい(Relax, and be what you are.)」という大文字です。そして、あなたに選択権がありますか?(Do you have a choice?)
でも、どんな思考であれ、起こってくるものは否定・拒絶することができます。私はこれではないと。つまり、ニサルガダッタが語ったように、「これでもない、あれでもない(ネーティ、ネーティ)」です。そしてそれを多くの人が誤って解釈しています。たしか「I AM THAT」だったと思いますが、それを初めて読んだ時、静かに座ってマインドを見つめました。
「私はギルバート」「男性」「オーストラリア人」「いいやつ」「時々はちょっと扱いにくい性格」など(一同笑う)。でも、話を「私は在る」に戻すと、私は在るとは何なのか? 私は在る(I am)の am は、存在するという動詞(to be)です。「私(I)」とはアイデンティティです。私のアイデンティティとは何か? そこに存在(being)するということであり、それは自然に起こっているものです。
アウエアネス(意識)は自然に起こっているものです。それは「私」に依存しているのではなく、意識(aware)しようとしてそうなっているのではありません。アウエアネスはそこにあるものです。ボブはしばしば、「あなたに意識はないのか?(Are you not aware?)」と尋ねます。そしてもちろん、私には意識がある。そして次の質問は、「意識があるために何をしなくてはいけなかったのか?」です。