8年前、カリヤニとピーターは私をメルボルンの自宅に招いてくれて、ボブを囲んでとても親切にしてくれた。カリヤニには、その翌年にも会っているが、ピーターとは8年ぶり。何か手土産をと思ったが何にしたらいいのか思いつかない。名古屋には美味しい銘菓はたくさんあるが、それをオーストラリアの人が美味しいと思うかがわからない。あれこれ考えたあげく、スーパーで売っているお菓子をたくさん買って、浮世絵の絵はがきを添えて持っていった。
海外のスーパーに行っていつも思うのは、日本のように美味しいお菓子が売っていないということ。メルボルンのスーパーでは、せいぜいポテチ、クッキー、ビスケット、チョコレートぐらい。万一口に合わなくてもお土産にしてもらえばいい。
新幹線に乗って、ちょっとした旅気分。名古屋から30分で到着。彼女たちの旅の時間の多くを使ってしまっては申し訳ないし、会って話をするだけで十分だと思っていたので、午後に待ち合わせ。さりとて半日あるので、カリヤニのホテルから歩いて行ける範囲をちょっと観光して夕食を食べる計画。
「みんなは何をお祈りしてるの?」と聞くので、ここは縁結びの神様として有名だから、良いパートナーが見つかるようにとお祈りしてるよと教えたら、
「ひえ~つ、もうカリヤニがいるから要らないよ~」だって。
カリヤニがおみくじを引いたら中吉でした。
丸山公園を抜けて知恩院へ。友禅苑という庭園を見学。カリヤニもピーターも日本庭園が大好きだそうで、喜んでもらえた。
さらに歩いて祇園の花見小路通へ。平日だというのに、結構な数の外国人観光客でにぎわっていた。やっぱりここが外国人にはうける。
さて夕食。もちろん京都には何回か来たことはあるが、最後に来たのはもう15年ぐらい前。全然詳しくない。ネットで事前に夕食の店をあれこれ検索してみたが、どの店が良いのかよくわからないうえに高い。どうしたものかと思ったが、気取った店なんかより、私がいつも行くような庶民の行く店がいいだろうと思って、スシローにしようと思った。事前にネットで調べたところ、四条にあるスシローは外人観光客に人気で、予約しても1時間以上待たされることがザラだと口コミにあった。
何か他にないかとGoogle mapを見ていたら、くら寿司がある。くら寿司は全然混まないと判明。しかも、そこは個室風のつくりになっていて、まだ多少コロナを恐れている私にはもってこい。くら寿司で夕食。全然混んでなくて、待ち時間ゼロだった。メルボルンにも回転ずし屋は何軒かあり、彼女たちもよく行くという。でも、本場日本の回転ずしだから、これでいいのだ。
夕食後、また歩いてホテルへ。ホテルのロビーでお茶を飲みながら、またお話。この旅のこと。お互いの近況。非二元の話など。街歩きをしながらも、あれこれと話をしたが、話は尽きない。
メルボルンのカリヤニの家に行った時、とても大きな家と庭に驚いたが、そこは山火事の多いところなので、引っ越す予定だと言っていたのを思い出し、引っ越したのか聞いたところ、携帯に入っていた新しい家の庭の写真をたくさん見せてくれた。
ピーターはガーデニングが好きだそうで、自分で庭を手いれしているという。その庭がどうみても大きい。藤棚のコーナー、日本庭園風のコーナー、木がいっぱい植えてあるコーナーなどがある。「今度の家も馬鹿でかい(huge)家だね」と言ったら、「そんなことはないよ。日本の家に比べたら大きいけど、オーストラリアでは普通だよ」とピーター。そういう問題じゃないでしょ!
非二元の話では、彼女たちがU.G.クリシュナムルティに会った時の話がとても興味深かった。非二元の話には、いくつか参考になるような話があり、シェアしたいと思いますが、長くなってしまうので、また別の日に書きます。
話は尽きないが、二人の貴重な旅の時間をあまり多く使わせてもらってもいけないと思い、一時間半ほど話したあとで帰路につきました。別れ際、まだコロナの影響もあるいし、握手をしたものかどうかと一瞬迷っていたら、カリヤニがしっかりハグしてくれて、ホッペにチュー。ピーターもがっちりハグ。あちらにしてみたら、ごく普通の挨拶なんでしょうけど、こっちは慣れないので照れることしきり。
二人に会って思ったのは、彼女たちはまぎれもなく非二元の教えを体現して生きているということ。私と話をするときも、しっかりと目を見て話し、決して上から目線ではなく、気取ることもなく、あなたも私も同じ一つのものだよという雰囲気を感じさせる。一緒にいて、なんともいえず心地良い。
非二元の教えを理解することはそれほど難しくない。でも、それを体現して生きることはそれほど容易ではない。さらに、それを体現して生きている人が、非二元の教師となって教えることは誰にでもできることではない。非二元の教師になること自体はそれほど難しくない。誰かの教えを読んで、丸暗記するか少しアレンジして、あとはオウムのように繰り返しそれを話せばできる。
ただ、その人が心底教えを体現して生きているかどうかが問題。それは、その人に直接会って、目と目を見つめあって話せばわかる。それはボブが言うところの「共鳴」であり、「heart to heart」というもの。
カリヤニとピーターは、もう何十年も非二元を教えていて、不定期ではあるものの、今もミーティングを続けている。本物の非二元の教師は稀有な存在であり、教えを理解したからといって、誰でもなれるわけではない。なったとしても本物であるかどうかはすぐにバレてしまう。カリヤニとピーターは、信頼に足る非二元の教師。
カリヤニとピーターとの再会は忘れられない思い出になりました。帰ってきて、カリヤニとピーターのホームぺージやYouTubeを見返していたら、参考になるようなことがいっぱいある。了解が得られたら、少しづつそれもブログに載せていきたいと思います。