2026/06/16

解放を求める「自分」こそが、イメージ、マインドが生み出した構築物であることを認識してください

偽りのイメージに関して、あなたは一体何から自分を解放しようとしているのでしょうか?

偽りのイメージから自分を解放しようとする試みは、イメージとは切り離された「自己」が存在し、それを解放する必要があるという信念を強化するだけです。

もしそのイメージが本当に偽りであるならば、それは独立した存在ではありません。それがあなたを囚えておくことはできません。影に実体がないと気づけば、そこから自分を解放する必要はないのです。

出口を探すのではなく、解放を求める「自分」こそが、イメージ、マインドが生み出した構築物であることを認識してください。

偽りが偽りであると認識されたとき、自由への探求は終わり、そもそも束縛されていなかった、努力を必要としない存在だけが残ります。
                                   セイラーボブ

2026/06/12

あなた自身について抱いている「概念的な自己イメージ」に関して、何が理解されるべきなのでしょうか?

あなた自身について抱いている「概念的な自己イメージ」に関して、何が理解されるべきなのでしょうか?

そのイメージは、単に移ろいゆく思考の寄せ集めにすぎず、それ自体には独立した実体も現実性もまったくないのではありませんか?

あなたとは、そのように作り上げられた「私」という観念が現れては消えていく場である、疑いようのない存在そのもの――純粋な観察する意識そのものです。

空間が、その中で起こる出来事によって傷つけられたり変化したりしないように、あなたもまた、マインドが現在映し出しているどんな物語や、それが結び付けているどんな「私」というイメージによっても、まったく影響を受けません。

その概念的な自己イメージが、知覚の中に現れる一時的な対象のひとつにすぎないと明確に見抜かれたとき、その催眠術のような支配力は消え去ります。そして残るのは、形を持たず、常にそこにある「見ていることそのもの」として、自然に安らいでいる状態です。
                                     セイラーボブ

2026/06/09

あなたは「マインドの平安」を得られると思いますか?

あなたは「マインドの平安」を得られると思いますか?

マインドとは本質的に、思考や記憶、そして未来への予測の動きそのものであり、その性質上、絶えず落ち着きなく揺れ動いています。まるで海面の波のようなものです。

「マインドの平安」を求めるとは、矛盾した言い方です。なぜなら、あなたは不安や動揺を生み出しているその仕組みの中に、静けさを見いだそうとしているからです。

平安とは、何かを獲得することでも、マインドが最終的に到達する状態でもありません。それは、自分がマインドの「所有者」であるという信念が消え去ったときに、ただ残るものです。

あなたとは、マインドの活動が現れては消えていく場となっていて常にそこにある静かな意識そのものなのです。そして、自分自身がその変わることのない背景であると認識すること――それこそが唯一の「平安」なのです。
                                   セイラーボブ