私はふとした拍子に過去の対人関係のことで怒りがやってきたり、恥ずかしかったことを思い出して赤面したりするが、そこには誰もおらず、私の意識だけがある。世界は私の意識の中にだけある。そしてそこには誰もいない。怒りを掻き立てる人も恥を笑う人もいない。そして「私」もいない。
世界は私の意識の中にだけある。意識が無ければ、世界があるのかどうかも確かめようもない。そういう意味において世界は幻といえる。世界が「私」の中にだけある幻なら何をしてもいいのか? ある時ミーティングで参加者がボブに「では裁判官が人を裁くのは間違いですか?」と聞いたことがある。するとボブは「裁判官にだって仕事があります」と答えた。
世界は幻であっても、そこには法があり、その法を守らなければ罰を受ける。社会規範や常識があって、それを守らなければ生きてはいけない。そして、人を傷つければ嫌な感情が湧く。それはおそらく、他者と自分は同じ一つのものだということを潜在的に知っているからではないか。他者を傷つければ自分を傷つけることになる。生き物や自然に対する愛情も、それがすべて自分と同じ一つのものだということを潜在的に知っているからだと思う。
世界は「私」の意識の中にしかない。だからといって好き勝手にやっていいということではない。たとえそれが私の中にしか存在しない幻であっても、懸命に生きるべきだと思う。