2026/04/21

でもそれらはそこに存在しているように見えます

それはあらゆるものとして現れる唯一の本質(エッセンス)です。あらゆる種類のパターンや表現がそこに現れます。しかし、エッセンス自体は、それらによって損なわれたり、汚染されたりすることはありません。あそこの鏡を見てください。

何が見えますか? 鏡に映ったものが見えるでしょう。そこに映ったものがそこにないとは言えません。あなたにはそれが見えています。鏡に近づいて、それに触れようとしたらどうなりますか? あなたが触れるのは鏡の表面だけです。映っているものが本当にそこに存在するとは言えません。でもそれらはそこに存在しているように見えます。そして、それが鏡に映ったものだということに気づきます。

しかし、あなたはその映し出すもの、エッセンス、つまり鏡の表面を見たことがありません。よく見てください。鏡の表面が見えるかどうか確かめてみてください。
                                      セイラーボブ

2026/04/19

自分の素晴らしさに気づいてますか マドモアゼル愛

マドモアゼル・愛さんのことは、以前ラジオの人生相談で「心についてのエッセイスト」としてアドバイザーをしていたということしか知りませんでした。どんな人かとWikipediaを読んだり、公式ショップのHPを覗いてみたりして、占星術を専門にされている人だということがわかりました。

マドモアゼル・愛さんのYouTubeは星占いや政治経済や世界情勢に関するものが多く、そういう動画はあまり見ていません。でも時々、メンタルヘルスに関するような動画があって、それがとても良いです。そういう動画をもっと見たいのですが、YouTubeの性質上、画面をスクロールして日付を遡って見なくてはいけないので大変です。再生リストでメンタルヘルスを作成していただくと助かるのですが。

エッセイストならエッセイ本をたくさん出版してみえるだろうとアマゾンを検索しましたが、最近の本は星占いや恋愛の本が中心のようです。中古本を二冊買って読んでみました。


内容は予想どおり素晴らしい内容でした。あなたのままでいいんだよ、本当の自分を表現して生きていいんだよということが書いてあります。あるがままの自分を受け入れて、ちょっと勇気を出してやりたいことに挑戦していこう、と勇気づけてくれる本です。

私はこのブログでマドモアゼル・愛さんが森田療法の話をされるYouTubeをいくつか載せましたので、そのことと関連がありそうなところを抜粋紹介させていただきます。

以下は文章の見出しになっている太字を抜粋したものです。

******* 以下は引用 ***

感情の法則・感情にふりまわされない自分を獲得できる!

感情は意志の力で変えることはできない(感情の法則1)

感情はそれを刺激すればするほど強化される(感情の法則2)
 
 マイナス感情は口にしない

感情は刺激しなければ時間とともに弱くなる(感情の法則3)

行動によって新しい感情がわきあがる(感情の法則4)

********** 以上引用おわり ***

この本には森田療法という言葉は出てきませんが、根底には森田正馬先生の教えがあると思います。あるがままを受け入れて、恐れながら、ビビりながらでも自分のやるべきこと・やりたいことをやっていくことが大切だと説いてみえます。

他にも、「心の法則」について書いてあるところがあって、そこも良かったです。途中から引用させていただきます。

********* 以下は引用 ******

心は喜びである(心の法則3)
 こころの最後の法則は、心の実体が何であるかを、私たちに教えてくれます。
 これが心の最後の法則であり、喜びこそが真実なのです。
 本当に心がこもったものには、例外なくそこには喜びがあります。心を大切に生きることは、私たちが喜びの人生を歩むことなのです。ここに、私たちの毎日の生活や人生のたしかな反省の基準があります。
 損得でもなく善悪でもなく、それには喜びがあるかないのか、それだけが私たちの唯一の反省の基準なのです。喜びのない人生は、どんなに正しく立派にみえようとも間違っているのです。
 真実の愛にも、必ず喜びがあります。なぜなら、心がともなっているためです。心が伴わない愛には、たとえ安心はあっても喜びはありません。

人間は喜ぶために生きている。

********** 以上で引用おわり *****

私は強迫観念的に行動することがあって、喜びのないことでも義務的に続けたりするところがあります。行動の基準を「喜び」があるかないかにしてやっていこうと思います。それにしてもマドモアゼル愛さんのショップで売ってるものは何か怪しげ。音叉とかリングとかはどうなんでしょうか? 今のところ占星術にも興味がありませんが、このあたりの神秘的なギャップがまた魅力なのかもしれません。

2026/04/17

善も悪もない 思考がそうさせるだけだ

ボブ:シェイクスピアは言いました。「善も悪もない。思考がそうさせるだけだ」。そのことについて考えた時だけ問題が起きるのです。自身の想像以外に、あなたを悩ませるものは何もありません。この二つの言葉を理解し、それが事実かどうか確かめてください。

そして「イマジネーション」という言葉に注目してください。想像すること。あなたは心の中でイメージを作り出しているのです。そこに命を吹き込み、その生命を信じています。あなたはそれが何らかの力を持っていると考えています。

心の中でのイメージ。それには何の意味もありません。
では、それがなければ、あなたは何ですか?

質問者:命です。

ボブ:命であり光です。それはどこにでも、いつでも、どんな形でも存在します。どこにも行きはしません。

2026/04/14

生が自ら生きるにまかせましょう

生こそが現実です。そしてあなたは命です。それを否定することはできません。その生を操ったり、修正しようとしたりする「私」は存在しません。
生が自ら生きるにまかせましょう。実際、生はそうするのです。
生は精子と卵子の時からあなたを生きてきました。そしてそれ以前にも、それはあなたの父と母の体内で生きてきました。あなたを存在させ、今まさにあなたを生きています。
その存在は、全てを自分で成し遂げたと信じていたかもしれませんが、実際には何もしていません。そして、その信念ゆえに今あなたは苦しんでいるのです。
それは必要ないのです。
                                     セイラーボブ

2026/04/12

不安や恐怖、、、怖いけど怖くなくなる「感情の法則」  マドモアゼル・愛


抑えられない感情にどう対処したらいいのか。参考になると思います。

2026/04/10

すべてをそのままにしておいてください

ボブ:素晴らしい、驚くべき、不思議な体験をしますね。その体験はどうなるのでしょうか?

質問者:それはやって来て去っていきます。

ボブ:来たり去ったりします。でも、私たちは「あれをもう一度取り戻さなければならない。あれはもう終わった。あれをもう一度取り戻さなければならない」と言います。絶えずそれを取り戻そうとするのです。そうすることで、さらなる体験が生まれるのを止めているのです。良い体験をしたのなら、それを楽しんで、手放しましょう。この瞬間に立ち返り、何が起こっても、この瞬間に湧き上がってくるままにしましょう。それは、洞察、理解、あるいは体験を得る唯一の時間です。あなたは絶えずこう思っています。「ああ、これは十分じゃない。あれが欲しい。次のものが欲しい。」私たちはこうあるべきだという心のイメージを持っています。
しかし、彼らはそれを「あるがまま」と呼びます。すべてをあるがままにしておくのです。
つまり、変えず、修正せず、変更しないということです。好みも比較も、偏りもありません。すべてをそのままにしておいてください。

2026/04/07

存在するのは生だけ。生を生きる者などいない。

ボブ:ニサルガダッタは言っています。「存在するのは生だけ。生を生きる者などいない」。そして命は常に命によって生まれす。そこには死が入り込む余地などどこにもありません。生命から新たな生命が絶えず生まれます。あなた自身が生なのです。

質問者:では、誰が選択をするのですか?

ボブ:選択は行われます。しかし、選択をする人はいないのです。何かが起こって「ああ、あれをやろう」と思うでしょう。次の瞬間、また何かが起こって「いや、やめておこう」と言うでしょう。誰が選択をしたのですか? 何かをしたい衝動に駆られ、そのすぐ後に変化が起こり、代わりに別のことをするのです。選択をする人はいないのです。ただ起こっているのです。

2026/04/05

不安のまま生きる  マドモアゼル・愛


森田療法について語ってみえます。この動画は不安神経症、脅迫観念、パニック障害で苦しんでいる人の助けになると思います。

2026/04/03

世界は私の意識の中にしかない

カリヤニとセッションで話をした時のこと。彼女が「世界はあなたの意識の中にしかない。人があなたのことをどう思うかを気にしても、それはあなたの意識の中のこと」という趣旨のことを言った。何の話をしていた時かは思い出せないし、言い方も正確には思い出せないが、この言葉が時々思い出される。もちろんこれは物質的な世界が存在しないと言っているわけではなく、私たちの思考が世界を形成しているということを比喩的に言っているにすぎない。

私はふとした拍子に過去の対人関係のことで怒りがやってきたり、恥ずかしかったことを思い出して赤面したりするが、そこには誰もおらず、私の意識だけがある。世界は私の意識の中にだけある。そしてそこには誰もいない。怒りを掻き立てる人も恥を笑う人もいない。そして「私」もいない。

世界は私の意識の中にだけある。意識が無ければ、世界があるのかどうかも確かめようもない。そういう意味において世界は幻といえる。世界が「私」の中にだけある幻なら何をしてもいいのか? ある時ミーティングで参加者がボブに「では裁判官が人を裁くのは間違いですか?」と聞いたことがある。するとボブは「裁判官にだって仕事があります」と答えた。

世界は幻であっても、そこには法があり、その法を守らなければ罰を受ける。社会規範や常識があって、それを守らなければ生きてはいけない。そして、人を傷つければ嫌な感情が湧く。それはおそらく、他者と自分は同じ一つのものだということを潜在的に知っているからではないか。他者を傷つければ自分を傷つけることになる。生き物や自然に対する愛情も、それがすべて自分と同じ一つのものだということを潜在的に知っているからだと思う。

世界は「私」の意識の中にしかない。だからといって好き勝手にやっていいということではない。たとえそれが私の中にしか存在しない幻であっても、懸命に生きるべきだと思う。