2023.2.19ミーティング 58:43から
カット:(携帯を見ながら)トレーシーから質問が来ています。「どうやったら人は『私』を手放すことができるでしょう? 私はもう50年以上「私」と同化しています」。
ボブ:止めなさい。(一同笑う)
カット:(携帯を見ながら)イギリスのジュリアが(ジェーンの歌に対して)ありがとう、素晴らしかった。ジョナサンから、ありがとう、よかった。
ジェーン:質問の中に答えがあるということを言いたいです。「どうやって『私』を手放すか」という質問の中に、「私」とその人(手放す人)との分離があります。その人というのは「私」の別名のことです。ということは、その「私」はあなたの記憶にほかなりません。それは本当のあなたではありません。それはナレーション、すなわちあなたの記憶です。ですから、ボブやギルバートが言うように、今ここでその「私」が見つかるかどうかを調べてみることです。
ギルバート:そしてまた、「私」を落としたいと思っている私を見つけることができるかどうかです。それは単なる物語です。
参加者A:それはあたかも、偽物の自己が偽物の自己を取り除くことができるかということです。そんなことは起こり得ません。それは偽物だからです。ただありのままで在ることです。「私」という思考を解放することです。
参加者B:思考がやってきました。問題は夢の一部を愛し、一部を愛さないこと。夢の全部を愛すか、全部を愛しないかのどちらかです。それはあたかもあなたのマインドがどこかへ向かうのを止めるようなもので、そうすると、あなたは何もすることができず、全部を愛するかまったく愛さないかのいずれかです。
参加者C:ええ、マインドを働かせないことです。
ギルバート:高速道路の大きな赤い標識で、「止まれ、戻れ、あなたは間違った方向へ向かっている」というのがあります。私はあれが好きです。そこには正しい道も間違った道もない。
参加者D:今日のボブの話の中で私にとって印象に残ったのは、出口はないということです。全部を愛するか、まったく愛さないかのどちらかです。このことについて多くの人と話をして思うのは、そこには非二元的な見方や話し方があって、もしそれから外れると拒絶されます。違う!(笑い)それは違う。すべてがそれです。(そうでなくて)どうやって、我はそれなりと知ることができるでしょうか。それが印象に残ったことです。
ジェーン:ええ、少し付け足したいのですが、多くの人があれこれを言い、まだ(それを)手に入れていない、まだそれを理解していないと言います。彼らは皆頭の中にいて、まだ手に入れていないとか理解していないと言いますが、あなたは既にそれなのです。それなのにどうして誰それはそれではないと言うことができるでしょうか? それは皮肉な話です。
ギルバート:私は何年か前に参加者が言った言葉を思い出しました。「すべては一つであるということはわかった。でもギルバートだけは違う」(一同笑う)
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ここからカビーシャがギターを出して、スーフィーの詩人ハーフェズの詩の歌を歌いました。彼女の歌はすばらしいです。ぜひ聞いてみてください。1:03:10から
「善悪の思考を超えたところにある場所
そこには美しい場所がある
そこであなたと会いましょう
みんな集って一緒に歌いましょう」