非二元の教師の中で、ずっとハネムーンが続いているのはセイラーボブとU.G.だけです。私にとって、この二人はとりわけ魅力的です。
「The Courage to Stand Alone U.G.クリシュナムルティとの対話」をブログに掲載するにあたり、少し失敗したなと思うのは、ChatGTPに、「段落と行間を原文と同じにして」というプロンプトを最初から出さなかったことです。出さないと、勝手に行間を空けてしまって、読みづらくなる。
それと、毎回無料版のChatGTPを登録しないで使っているので、話方のトーンに一貫性がありません。それでもChatGTPのおかげで何とか最後までたどり着くことができました。
U.G.を読むと、自分自身を変えようとする努力がいかに無駄であるか、その努力がいかにたくさんの問題を引き起こしているのかということがわかります。私は自身の神経症や精神的な弱さが嫌で、それを変えたいとたくさんの努力をしてきました。
挙句の果てに、覚醒、エンライトメントを求めてインドへ旅立ち、その後何年も精神世界の暗闇をさまよっていました。でも、覚醒、エンライトメントなどないと知り、何者かになろうとする努力こそが神経症を作り出してるのだということを理解しました。
今でいうパニック障害、高所恐怖症、不眠症、数え上げたらきりがないほどの恐怖症、内面的な障害、苦悩。それを無くしたいともがいていた半生でした。
今でも時々そうした不安にかられる日もあるし、歳のせいもあって、不眠症などはひどくなっていく一方です。でも今はそれをどうこうしようともがいてはいません。
人は不安や恐怖の中を生きていくものだという理解が生まれたからです。不安や恐怖を無くそうとすればするほどそれは大きくなる。人は不安の中を生きていくのものだと理解していれば、そうした不安や恐怖の中で安住することができる。何も問題もない。
その理解こそが恐れや不安を忘れさせてくれるものであり、幸せをもたらすものだと思います。不安と安心、幸福と不幸は常に一体のものであり、その一方だけを無くそうとしても無理です。
それをはっきりと教えてくれたのがセイラーボブであり、U.G.です。うっかりすると、いるはずのない「私」をもっと良いものにしようともがき始める「私」がいます。これからもずっと二人の言葉を思い出して生きていこうと思います。
U.G.は宗教や聖職者たちが多くの不幸を生み出していると言います。そうしたものが本来の「私」を「私」ではないものに変えようとするからです。それが人々を不自然なもの、苦悩するものへと変えてしまいます。
この聖職者たちには精神世界の指導者やセラピストも含みます。全部が全部そうだとは言いませんが、悟り、解放、救済、癒しを説く人たちは、たいていは、うぶな人たちを食い物にして神聖ビジネスをしている詐欺師です。私の場合も、そうしたものに傾倒してから雪だるま式に神経症が悪化していきました。そうした苦悩から逃れようとして次から次へとセラピーや精神世界を探求すればするほど悪化しました。
さんざん神聖ビジネスのカモとなってきた私が言うのだから間違いありません。非二元の世界などはその最たるもので、ネット上ではあたかもあなたを救済するかのような非二元の与太話をばらまいて、小銭稼ぎのセッションに走っている人がほとんどです。しかし、そうしたセッションやセラピーが解決策となることはありません。リトリートと称して、更なる神聖ビジネスへとカモにするだけです。
たくさんのセラピーやセッション、瞑想会に参加した私が声に出して言いたいのは、そうしたものが悩みを解決して救済をもたらしてくれることはないということです。彼らは善意でやっているつもりかもしれませんが、思考力の弱い人たちをカモにしているだけです。人々はいつかは救済されると信じていつまでもそうしたものにしがみつきます。それが彼らに安心感を与え、自分で考え疑う能力を奪っています。
真の教師は何かになることや、何かを体験することを教えません。真の教師は今のあるがままのあなたが完全なものであると気づかせてくれるだけです。
社会が植え付けたこと、宗教家や精神世界の指導者たちが教えているたわごと、セラピストたちのインチキ療法。もうそろそろ私たちは外側の何かにすがるのではなく、自分で考え、一人立つ勇気を持とうではありませんか。