2023/02/26

浄化は本当に必要ないのですか?

2023.2.12ミーティング 1:00:00から

ジョシュア:あなたがおっしゃったことの繰り返しになるかもしれませんが、それは、自身が抱いている信念を放棄、あるいは手放すという明確なプロセスではないのですか? 自身を認識するということは、信念を放棄するということにかかっていますか? それがあなたのおっしゃったことですか? ええと、つまり、自己を認識することは、探求、すなわち浄化のプロセスにかかっていますか? うまく説明できているか自信ありませんが……。

ボブ:私が話して指摘したことは、それは既にそうなのだということです。では、何を浄化する必要がありますか? それは単に認識するということです。

カット:ナーガルジュナは、マインドを浄化することはマインドを汚すことだと言っていたと思います。それはとても重要な言葉だと思います。「私」は夢を見ます。「私」は今や行為者だ。「私」には何かができる。そのことにのめり込む姿が目に浮かびます。ええ、「私」は真実をぜひ手に入れたい。「私」は自分のマインドを浄化する。一つ一つの信念を調べて、それを解放する。

そうやってますます力を注いでいきます。「私」はそれができる。「私」はそうした信念を放棄する。「私」は他の信念を選択することができる。「私」は自身のマインドをもっと望ましいものにする。ええ、スピリチュアルな成長とかそういったことは素晴らしい夢です。それがあなたの中で起こっていることです。

ボブ:「私」は体ですか? 「私」はマインドですか? 調べてください。その真実を知れば、そこには体もマインドも人もいません。では、何を浄化しようというのですか?

カット:それは、マインドを超越するということです。マインドが純粋だとか汚れているというのは認識です。純粋、訓練されている、訓練されていない、汚れている、汚いマインド、おかしなマインド、狂ったマインド、どんな形となって現れていようと、それは本当のあなたである認識の上に現れています。

ええ、それはしばしばそのようなやり方で起こります。ああ、スピリチュアルな私、スピリチュアルなエゴ。私は座って瞑想する、私は自身の信念を調べる、私はあれこれをする。それはまた、生がダンスをするやり方であって、それが良いとか悪いとかいうことではないのです。それが必要だとか不要だということではなく、そのように展開しているにすぎません。

ボブは瞑想していました。私も瞑想をしていました。バイロン・ケイティの言う、信念に対する質問に対する答えを書き出しました。それが助けになったか? それはわかりません。なぜなら、それをやらなかったらどうなっていたかはわからないからです。二つの人生を比べることはできません。それが生が展開するやり方です。

そして、スピリチュアルな体験のまったくない人や、どんなワークもやったことがない人もいます。それはすべて、生がどうやって自己を組み立てるかによります。「私は在る」が自己であるということが信念であると認識することでさえ、その認識はマインドを超えたところからやってきます。あるいは、私はジョシュア、私は誰々である、それはすべてマインドを超えたところからやってきます。

この質問がマインドで起こるのか、そしてそこから移行が起きるのか、それはすべて生にかかっています。それが良いとか悪いとかはありません。なぜなら、生には良いも悪いもないからです。

ボブ:私は誰か?

カット:誰が私なのか? 私とは誰か?

ボブ:ええ。

カット:ええ。あの存在の感覚とは何か? 私とは何か?

ボブ:それを知りたいと思っているのは「私」です。

カット:誰が質問しているのか? ええ。もしあなたが何らかのワークをやりたい気がするなら、やってみてください。でも、それが本当に必要でしょうか? まわりを見渡してみると、それが皆に必要でしたか? 誰かが、自分はマインドであるという思考から自由になりましたか? いいえ。

それが起こるのは、例えば「奇跡のコース」では、あなたにできるのは希望することだけで、最後の一歩は神、宇宙、スピリット、呼びたければ何と呼んでもかまいませんが、その完全性からやってくると言っています。存在者は何もすることはできません。存在者は歌を歌うこと、信念を調べること、座って瞑想することなど、船を揺らすことしかできません。(笑い)

しかし、最後の一歩、理解は純粋で開放的な意識のフィールドからやってきます。そこから認識の展望が起こると、それがマインドを見ます。マインドが何をやっていようと、くるくる回っているのを、超えた観点から見るのです。一方で、たとえば良い行いをするのは良いことです。なんと素敵なことでしょう。時間を割いてボランティアで貧しい人たちに食べ物を与えること。素晴らしい。それはあなたのハートを開きます。何も悪いことではありません。ええ、生がみんなをそのように駆り立てるなら、私たちは天国に住むことになるでしょう。

ジョシュア:それで、浄化に関しては気にする必要はないのですか?

カット:ええ、まったくありません。