以下はカリヤニのFacebookから(翻訳はChatGPT)
*******************
U.G.クリシュナムルティの著書『The Courage to Stand Alone』からの言葉の一部です。
U.G.は実に予測不可能で魅力的な「非教師」であり、ピーターと私は約34年前、メルボルンで彼としばらく一緒に過ごす幸運に恵まれました。彼と接したことで、私のスピリチュアルな探求が実際には何であったのかが明るみに出され、すでに私の中で明確になりつつあったことを彼が裏づけた後、自己の解体のような瞬間が頻繁に起こるようになりました。
彼を訪ねて2日目、私は大量のノートと彼の出生占星図を渡されました。彼は多くを語ることはありませんでしたが、その簡潔な言葉だけで十分でした。
「この時点からあなたが経験するものはすべて幻想だ――“幻想”という言葉そのものが幻想だという意味ではない。インドのヴェーダーンタ哲学者や思想家たち、特にシャンカラの弟子たちは、このような軽薄でまったく無意味な議論にふけっている。
世界が幻想なのではない。しかし、この点(それ自体が幻想である点)との関係においてあなたが経験するものは、すべて必然的に幻想となる。それだけのことだ――世界そのものが幻想だというわけではない。
彼らが『マーヤー』という言葉を使うとき、それは英語で言う“illusion(幻想)”とは異なる意味だ。マーヤーとは「測ること」を意味する――サンスクリット語では「測定する」という意味だ。
何かを測るためには基準となる点が必要だ。したがって中心が存在しなければ、そもそも円周というものも存在しない。これはごく単純な基礎的な算術の問題だ。
その点には連続性はない。その点は状況の要求に応じて生じる。状況の要求がその点を生み出すのだ。そこには主体はまったく存在しない。むしろ客体が主体を生み出すのだ。」
****************
ここからは拓の感想
やっぱりU.G.はすごい。わかりやすいですね。世界は幻なんかではない。「あなた」、もしくは「私」という点が幻想だと言っているんですね。「世界は幻」ということに関して、この説明が一番納得できる説明ではないでしょうか。
マーヤーは「測ること」を意味するという説明も初めてで新鮮でした。インド人のU.G.が言うのだから間違いないでしょう。
世界は幻なんかじゃない。美しい山も海も現実として存在する。でも、そこに「私」はいない。