時々その話を思い出して気になっていたので、荘子がそういうことを言ったのかとGeminiに質問したところ、おそらくそれは本からの引用だろうということで、その内容を教えてくれました。
********以下はGeminiから
「もし私の左腕が鶏(にわとり)になったら、私はそれで時を告げよう。もし私の右腕が弾丸になったら、私はそれで鳥を射落として料理しよう。もし私のお尻が車輪になったり馬になったら、そのままそれに乗って行こう。どうして乗り換える必要があろうか」
『「荘子」鶏になって時を告げよ』(講談社学術文庫/岩波文庫)中島隆博・著
********以上引用終わり
荘子の言葉を編纂したとされる「荘子」には、いろんな人のいろんな注釈本が出ているので、その解釈は一様ではないかもしれません。マドモアゼル愛さんも、どなたかの本を読んで、そこから引用してみえるかもしれません。
そこで、もう一度Geminiに効いてみました。
********以下はGeminiから
「荘子の教えを簡単に説明して」
中国の思想家、荘子(そうし)の教えを一言でいうなら、**「あるがままに、自由に生きる」**ということです。
彼は、人間が勝手に作り出した「善悪」「美醜」「成功・失敗」といった価値観の縛りから脱却し、宇宙の根本的なリズムである**「道(タオ)」**と一体化することを理想としました。
主なポイントを3つに絞って解説します。
1. 万物斉同(ばんぶつせいどう)
私たちはつい「これは良い、あれは悪い」「自分は正しく、あいつは間違っている」と区別してしまいがちです。しかし荘子は、宇宙の大きな視点から見れば、すべてのものは等価値であり、境界線などないと説きました。
これを「万物斉同」と呼びます。他人の目や社会の評価を気にしすぎるのは、無意味な区別にとらわれているからだ、と考えたのです。
2. 逍遥遊(しょうようゆう)
「逍遥(しょうよう)」とは、あてもなくぶらぶら歩くこと。「遊」は文字通り遊ぶことです。
世俗的な利益や名誉を追い求めるのではなく、何にも縛られず、広大な精神世界でゆったりと自由に遊ぶような境地を目指しました。これが荘子の理想とする生き方です。
3. 無用の用(むようのよう)
世の中で「役に立たない」とされるものにこそ、真の価値があるという逆転の発想です。
例えば、曲がりくねって建築資材に使えない木は、人間に切り倒されることがないため、天寿を全うして大きな日陰を作ります。**「役に立たないからこそ、自由でいられる(守られる)」**というこの考え方は、競争社会に疲れた心に強く響く教えです。
有名なエピソード:胡蝶の夢(こちょうのゆめ)
荘子があるとき、蝶になってひらひらと飛んでいる夢を見ました。目が覚めたとき、彼はこう疑いました。
「自分は蝶になった夢を見ていたのか? それとも、今の自分は、蝶が見ている夢の中の存在なのか?」
これは、「自分」という固定観念すらも絶対的なものではないという、非常にユニークな視点を示しています。
荘子の思想は、現代の「タイパ(タイムパフォーマンス)」や「市場価値」といった息苦しい概念から、ふっと心を解放してくれるような魅力があります。
*******以上引用終わり
この話、セイラーボブの言う事と似てる気がしませんか?
「ある日鶏(とり)になっていたら、思い切り鳴いてやろう」
あるがままを受け入れて懸命に生きようではありませんか。