2025/11/14

それはただの「純粋な理解」なんです

質問者:ボブ、メッセージは聞こえています。でも、それを本当に理解できているかどうか自信がありません。自分が理解してるということを確認できる何かを探しています。ちょっと変な感じがします。ここで話されていることを本当に理解しているかどうか、何か確証が必要かという点について、もう少し詳しく調べてみたいのです。

ボブ:では、あなたにとって何が“それ”を確認してくれるのですか? あなたは「理解している」と信じてるのか、それとも「理解している」と知っているのかどちらですか?

質問者:私は自分が存在していると知っています。

ボブ:「知っている」。それが確証ではないですか?

質問者:それを否定することはできません。それを「知っている」ということは、どうしようもなく確かです。

ボブ:どうしようもなく確かなこと。それが確証です。

質問者:でも、そこから繋がりを感じられません。二つに分かれてしまうのです。ここに「理解」があって、これは非二元についての理解。で、こっちに「自分が存在していると知っている」という感覚があります。たぶん本当は一つのものなんでしょうけど、私の中では分かれています。「非二元を理解している」と「自分が存在していると知っている」。そうやって、私はそれを二つに分けてしまいます。でも、本当は一つなのかもしれません。

ボブ:では、「それを理解している」のは誰なんですか? そこに“理解”があるのは確かです。でも、それは「あなた」が理解してるということではありません。「あなた」の理解?  あなたが「それを理解してる」のだとすれば、それは「あなた」という実体がその理解を概念的に捉えようとしてるということになります。でも、それはただの「純粋な理解」なんです。誰もそれを確認する必要はありません。