2026/01/18

意識の局在化(localization)

ルパート・スパイラは様々な手法で「私」とは何かを説きますが、その中の一つに「意識の局在化」があります。

私にはルパート・スパイラが使う「意識の局在化(localization)」という説明がわかりやすくてしっくりきました。備忘録的にちょっとまとめて書いておきます。

ルパートは私たちの本質のことを、「意識」(awarenessまたはconsciousness)」や「無限の意識」、「無限のもの」あるいは「神」などと呼びますが、ここでは説明の都合上、意識と呼ぶことにします。世界はその意識でできている。できているという表現が適切でなければ、すべてが意識そのもの。

まず最初に無限の一つの意識だけがある。そして、その中のどこかに局在化が起こる。どうして起こるのかは今まで見た動画では説明がなかったが、とにかく起こる。その局在化したものが「私」。局在化という言葉がわかりにくければ、意識が少しだけ濃くなるところができる(これは私が勝手に例えたもの)。セイラーボブなら、大きな海の中に小さな波がポツンと立ったような状態。それが「私」。

局在化した意識の「私」は自分が大きな意識の一部、もしくはそのものだということを知らない。体とマインドを持った「私」は大きな意識を認識することは決してない。ところが、私たちが夜眠りに落ちるとその局在化が少し緩む(弱まる)。すると体とマインドは消えて、そこには時間も空間もない。

私たちが眠っている間は時間も空間もない。なぜなら、時間や空間はマインドの中にしか存在しないから。眠っている間はマインド(思考)は消えている。そして眠りから覚めると、また局在化が強くなり、思考が戻ってきて、時間と空間の中へと戻ってくる。それが毎日繰り返される。

そして私たちが死ぬ時、局在化は消えて無限の意識だけが残る。再び同じ人間としての局在化が起こることはないので、魂のようなものがあってまたこの世に戻って来ることはない。また、魂のようなものがどこか天国で暮らすということもない。

局在化した意識は無限の意識を認識することはできない。なぜならそれは同じものだから。目が目を見る事はできない。局在化がなくなった世界では今私たちが見ているような世界を見ることはない。もともとそんな世界は存在しない。そこには意識だけがある。だから今私たちが見ている世界は幻想ということになる。

以上勝手にまとめましたが、ルパートの説明は合理的で納得できるものです。それでいて、セイラーボブの話と矛盾するような点がない。セイラーボブだったら、海に現れた一つの波で説明するところを、もっとわかりやすく説明してくれています。

また、セイラーボブのミーティングでは、なぜピラミッドが幻なのか、なぜビクトリア通りが幻なのかをこれほど明確な説明で聞いたことはありませんでした。こういう説明ならわかりやすい。