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YouTubeの解説(Google翻訳)
ある女性は、悟りの体験をしたものの、その後すぐに強烈な至福が消えてしまったと言います。真の本質を垣間見た後に経験した心の状態が、どうして簡単に消えてしまうのでしょうか?
ルパートは、それは単に高揚した心の状態だったと言います。真の本質を認識したわけではありません。真の本質は、一時的なものではありません。確かに、この認識が心身に非常に深い影響を与えることもありますが、それは真の本質を透明に認識したことによる副産物です。
真の本質を認識することは、はるかにシンプルで静かなものです。それは、あらゆる経験の背景に常に存在する意識の存在を認識することです。ただ、存在している、あるいは気づいているという事実に戻るだけです。それだけです。特別なことは何もありません。ある意味では、それほど静かであれば最も安全です。なぜなら、振り返って素晴らしい悟りの体験を主張することは決してできないからです。
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質問者の女性が一瞥体験のような体験を語りますが、ルパートはそれは単なる体験であり、エンライトメント(悟りと訳されている)とは何も関係ないと教えます。本質(ここではアウエアネスのことをそう呼んでいる)は行ったり来たりする体験ではなく、背景にあるスクリーンのようなものだと教えます。
質問者は途中でエックハルト・トールが突然それを体験した例を出しました。それに対してルパートはエックハルト・トールに敬意を表したうえで、その出来事は本を書くには良い出来事だが、エンライトメント(悟り)は体験する何かではない、と教えます。
私はエックハルト・トールの本は全部読んでいますが、非二元を学んでからは彼を支持しなくなりました。エックハルトが本に書いた体験が人々に誤解を与えていると感じたためです。エックハルトはあの体験のあと至福の状態で二年間毎日公園に座っていた書いています。あれを読んだ人たちは、エンライトメントがあると信じる羽目になります。
そして彼はそれを客寄せに使い、自らを覚醒した人であるかのように演じて大金を稼いでいる気がします。人々は自分もそれを手に入れたいと彼に群がるのです(かつては私もその一人でした)。その体験を嘘だと言うつもりはありません。でも、それは個人の体験であり、エンライトメントとは何も関係ないと思います。ルパートがそれをはっきりと指摘してくれてうれしく思いました。
エックハルト・トールの話のすぐ後に出てくる禅マスターとは鈴木俊隆(すずきしゅんりゅう)のことです。この話もおもしろいですね。