2026/02/13

アウエアネス(awareness)とコンスシャスネス(consciousness)

ルパート・スパイラの動画を見ていると、アウエアネス(awareness)とコンスシャスネス(consciousness)という言葉がしょっちゅう出てきます。私は、このブログの用語集のところでも書きましたが、アウエアネスは普遍的な意識のことで、コンスシャスネスは人の意識のことだと理解しています。私は「awareness」を「気づき」と訳すのがしっくりこず、このブログでは「意識」と訳しています。そのため、アウエアネス(awareness)もコンスシャスネス(consciousness)も「意識」と訳しています。

私の場合は、
「space of awareness」→「空間のような意識」
「pure awareness」→「純粋な意識」

でも、ほとんどの人は、
「space of awareness」→「空間のような気づき」
「pure awareness」→「純粋な気づき」
と訳してみえます。

YouTubeの自動翻訳では、「意識」と訳す場合と「気づき」と訳す場合とあって一律ではなく、文脈によるようです。辞書で調べると、たいていの辞書は「awareness」を「1:気づいていること・知っていること 2:意識・認識」としています。

そのため、「気づき」と訳しても「意識」と訳しても間違いではなく、翻訳者の捉え方による。私の場合、非二元の話に出てくる「awareness」は、たいていの場合「意識」と訳した方が良いように思える。

本質的な意味さえ理解していれば、それを「意識」と訳そうと、「気づき」と訳そうといいのではないかと思っています。ところが、原文の英語ではちゃんと表現の違いがある。そこで、今流行りのAIに聞いてみました。

質問
「非二元の教えの中で語られるawarenessとconsciousnessの違いは何ですか?」

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Google AIの答え

Awareness(アウェアネス):純粋な気づき 
性質: 境界のない、無限で、すべてに行き渡る純粋な「気づき」や「存在」そのもの。特定の対象や内容を持ちません。
役割: すべての経験(コンシャスネス)の基盤、あるいは「スクリーン」のようなものです。何が現れても、その存在自体は変化しません。
非二元との関係: 非二元の核心であり、これが真の自己(アートマンやブラフマン)であるとされます。個人的な「私」という感覚を超えたものです。 

Consciousness(コンシャスネス):対象を伴う認識 
性質: 特定の対象(思考、感情、感覚、外界の事物)に対する「意識」や「認識」の状態。常に何かを「意識している」という形をとります。
役割: 反映された気づき、あるいは経験のプロセスです。意識が向けられた対象によって変化し、限定されます。
非二元との関係: 個人の自我(エゴ)や特定の心理的・物理的状態と関連しており、非二元の教えでは、これは一時的な現象、あるいは「純粋な気づき」の反映であると見なされることが多いです。
 
まとめ
端的に言えば、awarenessは映画の映写される「スクリーン」そのものであり、consciousnessはスクリーンに映し出される「映画の映像」である、というアナロジーで説明されることがあります。スクリーン(awareness)は映像(consciousness)に影響されず、常にそこにありますが、映像は変化し続けます。非二元の探求は、映像ではなく、その不変のスクリーンに気づくことを目指します。 

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ChatGTPの答え

非二元(ノンデュアリティ)の文脈では awareness(気づき) と consciousness(意識) はしばしば違う階層の概念として語られます。伝統や教師によって用語の使い方は多少異なりますが、代表的な区別をわかりやすくまとめると以下のようになります。

■ 1. Awareness(気づき)
◎ 非二元での意味
変わらずいつも在る「純粋な気づき」そのもの。
何かを観察している主体ではなく、主体と客体の分離以前の基盤そのもの。
個人的ではなく、普遍的。
体験の内容(思考・感情・感覚・世界)に依存せず、それらをそのまま照らしている開かれた空間のようなもの。

◎ たとえ
スクリーンのようなもの。
映画(思考や感情)がどれだけ変化しても、スクリーン自体は変わらない。

■ 2. Consciousness(意識)
◎ 非二元での意味
「何かに意識が向いている状態」としての意識。
ここでは awareness から現れる機能的な側面として扱われる。
たとえば「赤い花を見ている」「自分の体を感じている」といった、対象がある経験としての意識。
対象との関係(知覚、認識、注意)が関わるため、主体=私がまだ残っている段階。

◎ たとえ
映画のストーリーや映像そのもの。
観ている内容は常に変化し、注意の向け先も変化する。

■ 3. 核心的な違い
項目           Awareness             Consciousness
立ち位置         基盤 / 本質             現れ / 機能
変化           変わらない             絶えず変化する
個人的 or 非個人的     非個人的             個人的側面を含む
              主体‐客体 超えている      主体‐客体がまだある
非二元における役割    最終的な「真我」などと同義     経験の流れとして扱われる

■ 4. 非二元系の主な伝統での傾向
アドヴァイタ・ヴェーダーンタ(Ramana Maharshi 等)
Awareness(pure awareness)はアートマン/ブラフマンと同義
Consciousness は mind や個別意識を含む層

禅や大乗仏教系の非二元
Awareness ≒ 空性・如(にょ)/本性
Consciousness ≒ 識(六識・八識)としての経験の流れ

現代非二元(Rupert Spira, Adyashanti 等)
Awareness = Knowing, Being
Consciousness = awareness の活動・対象化したもの

■ 5. シンプルなまとめ
Awareness = 経験の「背景」
Consciousness = 経験の「内容」

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AIはいずれも「awareness」を「気づき」と訳している。
でもやっぱり「意識」という訳の方がしっくりくるような気がします。
それは、主体のない気づき、あるいは神の気づきのことだと理解していれば問題はないけれど、「気づき」と訳すと、そこに何かに気づいている主体がいるように錯覚する。また、何かを注意深く気づいていないといけないと思ってしまう。主体も客体もない気づきのことだけど、それを想像するのは難しい。

英語の場合、aware(気づく・動詞)が名詞化してawareness(気づいていること・意識)となるが、日本語にはそれに相当する言葉がない。日本語の「気づき」と「意識」は同じではない。
本質的な意味さえわかっていれば、どっちでも良いと思います。私のブログでは、引き続き、awareness=意識という訳でいきます。