いまここにある意識を調べてみる時、見る「物」はなく、ただ自然な概念化されない見る行為そのもの(seeing)だけがあり、実際そこには主体も客体もありません。
これを調べてみるとき、 awareness(意識)、consciousness(意識)、マインドとラベルが貼られているものには、主体も客体も現われないということはすぐに理解できます。
主体も客体も空(くう)であり、空(認識する空)が見ているのです。
空は空によって空(から)になることもなければ、空で満たされることもない。
その概念を取り去ると、言葉も思考もない、形容することのできない空が残ります。
真空でも空白でもなく、まるで晴れ渡った空いっぱいの光のような、生き生きとして自ら輝く、自らを認識する空。それを自分で確かめてください。
あなたの他には誰もそれはできません。それは自明のことです。
見ること(seeing)は絶え間のないことだということを理解し続けてください。
あらゆる疑い、疑問や議論、概念上の探求者がまたやってくるでしょう。
それでも概念化されない空は平穏なままだということを理解してください。
***
最近ボブは Facebook で無観客ミーティングをしています。時事問題やコロナウイルスに触れることなく、相変わらずの剛速球非二元 spiel です。